わくわく夫婦の嫁日記~ただいま世界一周中~

中学校教員夫婦から、世界一周夫婦になった嫁の旅行中の徒然日記

お買い物をする理由

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お買い物は楽しい

 観光地へ行くと、必ずあるのがお土産物屋さん。屋台であったり、お店を構えていたり形態はそれぞれですが”物を買うときの値段交渉も旅の醍醐味の1つ”とはよく聞くセリフ。日本では珍しいものもあったり、旅の思い出としてのお買い物は楽しいです。

 

 今は世界一周中の身、荷物をいかに軽くするかが優先順位1番なので物欲怪獣にやられることはないですが、雑貨も洋服も食器も可愛いものがあれば当然手に入れたくなります。

 

”安い”では買えない

 お買い物をする理由はその時それぞれですが、いかなる時でも気に入ったものを買いたい。お財布との相談は必要ですが、”安い”を理由に買っても、結局そのあと使わないものがほとんど。それだったら、多少値が張っても、本当に気に入ったものを買いたい。もしくは買わない。経験上、”安いから買う”は買ったものに対して、残念な結末(結局あまり使わず捨てちゃうみたいな)を生むだけです。

 

 だから、お土産物を”安いよ~”と言って売っている人を見ると複雑な気持ちになるります。”安いから買うんじゃないよ、気に入ったら買うんだよ”何回もそう言おうとして結局言わない自分も嫌。

 

まして”かわいそう”では絶対買えない

 もっと嫌なのは、”(私が)かわいそうだから買って”と言われるとき。”かわいそう”ではとてもじゃないけどお買い物はできないし、実はそんなことを言わなくてもお客さんをつかんでいる人が周りにちゃんといます。

 

 お客さんとの会話を楽しみ、人と人との付き合いから、旅の思い出を持って帰ってもらっている人。立ち止まった人にじっくりと見てもらったり、良さを説明して納得して買ってもらっている人。何を売るにしても、工夫一つで、自分も相手も気持ちよく楽しくお買い物ができる。それは、いかなる状況でも同じ。

 

 観光地での物売りは、きっと私の想像をはるかに上回る厳しさがあるとは思います。みな似たようなものを売っているし、流通が行き渡った世界では物は売れなくなる一方。それでも、気持ちの良い努力をして一歩秀でている人は、どんな土地にも必ずいます。そして、その人たちはいかなる時でも無理強いをしないし、どれだけささやかな買い物に対しても、ステキな笑顔で感謝の意を告げてくれる。

 

好きなものを、納得した値段で買えばいい

 結局のところ、基準は自分自身にあるのだと思います。自分が気に入ったものが自分の相場で納得ならば、いい思い出の詰まった素敵なお土産になるし、納得いかなければ値段にかかわらず楽しくはない。

 

 大切なのは、納得できるか。本当に欲しい物だったり、この人から買いたいと思えた時は案外素直に納得できちゃいます。

 

 とは言いながら、同じものを自分より安く買った人の話を聞けば、当然悔しいです。そんなときも、自分がお買い物をしたときの、ひと時の楽しいふれあいの時間を思い出すと、まぁいいかと思えてしまうのは私だけでしょうか。

 

 

"義務"もいろいろ義務教育

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当たり前だけど、学制が違う

 ベトナムで、お子さんを持つ同年代の女性と話をする機会がありました。元職業柄、やっぱり気になってしまう教育のこと。特に、各国の義務教育については機会があれば思わず尋ねてしまいます。

 

 日本の義務教育が小学校6年、中学校3年に対し、ベトナムは小学校5年、中学校4年。区切りは違えど義務教育の期間は同じです。

 

 日本で生まれ育った身、6-3-3が当たり前で生きてきたので修学期間だけでも興味深いです。それぞれ手本にした国の違いなのでしょうが、それぞれの学制の根拠も気になってきます。

 

”義務”が果たせない世界

 彼女は日本に留学経験もあり、日本の教育についても熟知していて自国の義務教育についてこう語ってくれました。

 

 ”ベトナムの義務教育期間は日本と同じだけれど、教科書代は払わないといけない。昔はそれが当たり前だと思っていた。けれど、日本人と話をしていて、「義務教育なのに、教科書代を払わないといけないっておかしい。」と言われて、そう言われてみれば確かにそうだと思った。”

 

と。ベトナムに限らず、教科書代が捻出できず、(教育を受けている間の労働力が減るという理由も加わり)義務を果たせない家庭は世界中にたくさんあります。日本人からしてみれば、義務教育なんだから教科書はもらって当たり前。でも、ベトナムの人に取ったら教科書代は払うのが当たり前。

 

 所変われば、制度が違っていて当然で、その制度しか知らなければ、それがその人たちの”当たり前”になる。旅をしていると、”当たり前”とか”常識”なんて、実は限られた世界の中のとらわれに過ぎないということを思い知らされます。

 

ちなみに、フィリピンでは・・・

 ベトナムの話を聞くと、日本やるやんと思いますが、フィリピンでは義務教育にかかる費用は本当に完全無料だそう(公立の場合)。教科書はもちろん、給食、制服まですべて。

 

 ”日本では給食費未納問題とかあって、先生が回収しないといけないから大変なんだ”と言うと、”義務教育なのに、なんでお金がかかるの!”と驚かれました。ちなみに、教師にも制服があって、それも国から支給されるから無料らしいです。

 

 目下フィリピンの義務教育の課題は、先生1人当たりの生徒数が多すぎること。50~60人が普通だそう。それだけの生徒をいっぺんに担当しなさいと言われたら…。想像してめまいがしました。

 

”義務”というからには

 義務というからには、それを果たすことが難しくない状態が理想ではないでしょうか。けれど、国の状態によって、それが著しく困難な地域が存在しているのも事実。自国の状態は世界中を見渡した時、実は当たり前じゃないと知る人が増えれば増えるほど、義務の果たされる国や地域が増えるのではないかなと最近よく思います。

 

"親日国"と喜ぶ前に~知らなきゃいけない、スリランカへの御恩~

親日国”ってよくいうけれど・・・

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 旅をしていると、”○○(国の名前)は親日国だから、旅しやすい。”とか、”○○人には、日本を好きな人が多い”とか、”僕たちは、日本を尊敬している。”といったことをよく耳にします。とても嬉しく感じる反面、なんで親日なんだろう??と考えてしまいます。というのも、日本全体が、特にどこかの国のことや、国の人達を好きだという感覚を持ったことがないから。”親日国”という言葉はよく聞いても、日本が”親○国”だという意識は、少なくとも私にはありません。”いろいろな国の方に愛していただいている割に、他国に興味のない日本。”最近そう感じることが多いです。

 

いざ、スリランカへ!

 スリランカへ行く前にも、旅のお仲間から”スリランカ親日国だからいいよ!!”というお話をたくさん頂いて、いざ入国!確かに、みなさんシャイながらとっても優しい!そして、”僕たちスリランカ人は日本人が大好きなんだ!!”と話しかけてくれるたくさんの人々。嬉しい反面、やはり”なんで??”と思ってしまいます。

 

スリランカ 親日”でググってみた

 なんでもネットを使えば調べられちゃう便利な時代。気になったことはすぐにググる。”スリランカ 親日”で検索して、とんでもない事実を知らなかった自分をひどく恥じました。

 

今の日本があるのは、スリランカのおかげです

 第二次世界大戦後、日本に対する厳しい制裁や分割占領案などが出されていました。しかし、サンフランシスコ講和会議で、セイロン(現スリランカ)のジャヤワルダナ元大統領(当時は大蔵大臣)が「憎しみを憎しみによってなくなりはしない。ただ、慈悲によってのみなくなる」という仏陀の言葉を引用し、対日賠償請求権を放棄することを宣言し、日本を国際社会の一員として受け入れるよう訴えたとのこと。これにアジア諸国の多くが続き、日本の分割占領などがなくなったそうなのです。当時の吉田茂首相は「日本は後世まで、この大恩を忘れてはならない」と言ったそうですが、このことを知っている日本人は今どのくらいいるのでしょう。

 

世界の中の日本

 旅をしていると、世界における日本の位置を考えさせられる場面がたくさんあります。特にアジア諸国は、同じアジアの国として日本への関心も高く、出会う人たちとそれぞれの国のことについて話す機会も多かった。日本で生活しているだけでは気づかなかった、日本への感情や、予想外の歓迎に嬉しくも無知な自分を恥ずかしく感じる今日この頃。世界の一員としての日本人という意識は、これから必ず必要になる感覚なんじゃないかなと感じました。

 

インドと日本は仲良しだったのだ!

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日本とインドは仲良しと思ってくれているインド人多し

 私がインドに滞在中、たまたま安倍首相がインドを訪問されていました。インドが日本の援助で作る高速鉄道の着工式への参加のためです。この旅で知り合ったどのインド人からも、“日本とインドは仲良しなんだ。知らないのか??”と言われ、恥ずかしながらしどろもどろになってしまう我々夫婦。確かに、インドのビザを事前申請なしで空港で取れる(アライバルビザ)のは、日本国民だけ。それだけでも、日本とインドの良好な関係がうかがえます。

 

インド人兄さんの考察

 お世話になった宿のお兄さん曰く、“日本とインドの文化は似ている。人や物を敬い、相手に対してのお辞儀やうなずきを忘れない。それは、西洋の文化とは違う僕たちが共通して持っている文化だ。”とのこと。確かに、インドの方たちは私のつたない英語にもしっかりと耳を傾け、うなずきながら聞いてくれます。そして、相手が何を求めているのかに対する察しがとてもいい。言葉の壁はあっても、気持ちが通じやすく、なんだか英語がすごく上達した気持ちにさせられる今日この頃なのです。

 

日本の援助に感謝してくれている人がたくさんいます

 ここでも日本が技術や資金面で力を貸してくれるおかげで発展している、感謝していると言われ、やはりそんなことは知らない私たちは、なんとなく“It’s my pleasure.”なんて言って笑ってみる。今回の安倍首相の訪印も生中継で大々的に報じられていて、たまたま入ったお店で従業員の方たちとテレビを囲んで、“日本のテクノロジーはすげぇ!ありがとう!!”なんて言われながら楽しいひと時を過ごしました。日本のことをこんなに良く思ってくれている人たちが世界にはたくさんいることを嬉しく思う反面、なぜそんなに良く思ってくれているのかを私たちはもっと知るべきだと強く感じました。日本からの援助を、人だけでなく物を大切に扱うことを自然とする日本の風土を素晴らしいと思ってくれている人たちが世界にはたくさんいます。一方で、日本全体は世界基準に合わせる方向へ向かっているような気がします。世界の街中での、素朴だけれど温かい日本全体への評価を知らずに成長のかじを切る私たちは、その過程で大事な何かを捨ててしまうのではないかと思ってしまいました。

インド人女性のおしゃれ魂

自分に似合うものを知っている人々

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 インドの伝統衣装サリーとパンジャビ。どちらも色鮮やかで、インド人女性にとてもよく似合っています。洋服を身に着けている女性も少なくありませんが、街中の半数以上の女性は日常でサリーやパンジャビを着ています。そして、ほとんどの女性がピアスはもちろんアンクレットやブレスレットを身につけて、本当に華やか。しかも、裕福だから着飾っているということでもなく、ステキな装いをしているなと思った女性から喜捨を求められて、驚いたこともあります。

最後に着物を着たのはいつだったか…。

 とにかく街に出れば、インド人女性のおしゃれ魂を見せつけられます。

もしかすると、女性に対して保守的な考えが強いからこその、日々の美しい装いなのかもしれません。けれども、伝統的な服装を守り、美しい着こなしで街を闊歩する女性たちの姿は私の目にとてもステキに写ります。ちなみに、とてもシンプルでありながら、パンジャビ制服を着た子供たちの登下校姿もよく目にします。

 

 きっとサリーやパンジャビを着たことのないインド人女性はいないんじゃないかな。でも、着物を着たことのない日本人女性はきっといるだろう。手軽さが違うので、容易に比較はできないとは思いますが、古来からの伝統が日常生活に息づいているインドの風景を少し羨ましく見てしまいます。

機能重視もいいけれど・・・

 今は、より機能的、よりシンプルを追求する時代。服装も動きやすさや機能性を重視した商品がたくさん出ています。旅に出ている身として、私も服に”動きやすい”とか”軽い”を求めてしまいがち。けれど、インドの女性たちの堂々としてきらびやかな様子は、どんな時も”美”を忘れない姿勢を見せつけられます。年を重ねても、どんなに忙しくても、それを言い訳に自分を手放してはいけないよ言われたような気がしました。

インドは教え合いにあふれてる~田舎町のATMにて~

フレンドリーとはこういうこと!

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 インド人は本当にフレンドリーで優しい。旅行中、困ったことは山ほどありますが、そのたびに必ず誰かが助けてくれます。遠慮と無縁、人との心の距離も、実際の距離感も本当に近いインドの人たち。おせっかいと言ってしまえば、それまでかもしれませんが、そんなおせっかいを初めて出会う異国の民に発揮できるのは、やはりフレンドリーとしか言いようがありません。

ATMでも優しさにあふれている。

 特に、ATMでは、そのインドらしさが引き立ちます。インドのATMでは、機械の中のお金が足りずに引き出せないこともよくあります。よって、機能している所はたいていどこも人であふれかえっています。おじさんたちがATMの周りをぐるっと囲んで、なんだかんだと言いながらみんなでお金を引き出している様は、個人情報保護なんて言葉とは無縁の光景。私もちゃっかり囲まれ、教えてもらいながらお金を引き出してしまいました。というか、勝手に囲み、勝手に教えてくれる優しいおじさんたち。本当は、もっと気を付けないといけないんでしょうけどね…。

そんなインドのATMあるある

その1 なぜか言語選択ではヒンディーでなく英語を選ぶ。

 方言とかがあってヒンディーだと余計にわかりにくいのでしょうか?なぜかみな英語を選んでいました。なぜそれが分かるのか?前に5,6人くらい人がいても、画面が普通に見えちゃう距離で待っているのです。

 

その2 暗証番号バレバレ…。

 暗証番号はつぶやきながら入力、または紙に書いているのを囲っているおじさんの誰かが音読してあげる。暗証番号の意味…。ちなみに、数字は英語で数える方がわかりやすいのか、だいたいの人がone ,two…なんてつぶやいていました。旅行者にもばればれです。

 

その3 1人が何回もATMいじりがち。

 東南アジアのATMはだいたいそうですが、1回に取引できる金額が少なく、1人が何回も取引をしがち。インドの場合、10,000ルピー(約1万7000円)が最高額でした。ゆえに余計混雑。時間がかかる上、どんどん前へ詰めてくるので、暑さも倍増…。

 

 わからないことは、人に聞くのが普通。聞かれた人も答えるのが普通。困ったら、人を頼るのが普通。故に、助けるのが普通。無表情で、唐突に優しく助けてくれるインド人。彼らにとっては当たり前のこと過ぎて、わざわざ表情を変えてするようなことではないのでしょう。”ありがとう!”と言っても、大したことないと、これまた無表情にうなずきます。(インドの人たちのうなずきは、なぜか首をかしげるような仕草なので、一瞬何か悪いことをしたのかなと思ってしまうのですが…。)この”助けるのが当然”という文化が、人との距離をせばめ、フレンドリーで素朴な国民性を育てているのかなと感じました。きっと、私にしたらすごく親切なことも、彼らにとったら本当にただただ当たり前のことをしているにすぎないのかもしれません。それってとても素敵なことで、いつかその境地までたどり着きたいと思いました。

 

名もなき蓮池を眺め想う~ベトナム、ハノイにて~

私の1番好きな花

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それは蓮の花です。

蓮の花が泥水から伸び出でて、

強く、美しく咲いている姿を見るのが好きです。

 

蓮の花はよく、

”泥(でい)より出でて、泥(でい)に染まらず”

と表現されます。

 

蓮は泥水の中で育ちます。

泥が濃ければ濃いほど、その花は大きく美しく咲き誇ります。

 

泥の中から出てくるにも関わらず、

その葉や花は泥にまみれることなく美しい。

蓮には、泥水をはねのける自浄の力があります。

 

思い出す10代の出来事

ある日、とても人気のあるバンドが活動を休止しました。

理由はよくあるゴシップ。

 

そのバンドの楽曲は純粋な恋心を歌ったものが多く、

若者に特に人気で、私の周囲にも激震が走りました。

 

活動が再開し、新しい楽曲が発表されたとき、

大ファンだった友人が

”もう素直な気持ちで聴けない…。”

と嘆きました。

その時、私はよくわからない違和感を覚え

もやもやしました。

 

何かと考え込みがちな10代の私。

その日からこのもやもやと向き合い続け、

とりあえずの答えにたどり着きました。

 

”汚れたり、傷ついたりした先に、それでも残る純粋さこそ、

本当のピュアなんじゃない??”

と。

 

蓮の花がまさに表現するもの

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時がたち、蓮を表すあの表現と出会い、

私が感じたあの時の気持ちは、まさにこれだと思いました。

 

劣等感だったり、

自分の道に迷い、選択に自信が持てなくて

これでいいのかとふさぎ込んだり…。

いい歳をして、未だに自問自答の日々です。

 

それでも蓮の花を見ると

悩むときは思い切り悩み、

汚れるときはとことん汚れ、

それでも自分の真実を見つけ出し、

その道をまっすぐ進めばよいと

言われている気持ちになります。

 

私は時に人を傷つけ、期待を裏切り、

自分本位な選択をしてきました。

 

人は生きているだけで、何かと人を傷つけます。

1人として同じ人はいないから。

期待に応え続け、誰一人傷つけずに生きていくなんて土台無理な話。

そして、誰かを傷つければ少なからず自分も傷つきます。

 

それでも生きている

もちろん私たちは、今を生きています。

まっすぐ前を見て。

それでいいのだと思います。

 

自分に正直に、誠実に。

例え、泥の中にあっても、

その泥をかき分け、超えた先に

人は美しい花を咲かせることができます。

 

泥より出でた蓮の花。

 

泥にまみれても染まることなく

何事もなかったようにしなやかに咲く蓮の花。

これこそが、真の美しさだと思います。

 

*文中に出てきたバンドは、今でも大人気。

 本物は、本物ということですね。